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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)2051号 判決

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。控訴人、被控訴人間において昭和二十一年二月二十八日になした、控訴人が別紙第一目録<省略>記載の土地をその地上に生立する苹果樹とともに被控訴人に売渡す旨の売買予約が、無効であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し、同目録記載の土地についてなした長野区裁判所中津出張所(現在長野地方法務局中津出張所)昭和二十一年三月六日受附第五五六号、昭和二十一年二月二十八日売買予約による権利者被控訴人の仮登記の抹消登記申請手続をなすべし。控訴人、被控訴人間の長野地方裁判所昭和二十四年(セ)第三号土地明渡等小作調停申立事件について、昭和二十五年一月二十日成立した別紙第二目録<省略>記載の調停条項による和解契約が、無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述は、控訴人訴訟代理人において、原判決二枚目(記録第三五六丁)裏十二行目より同三枚目(記録第三五七丁)表一行目に亘り、「数十回に亘つて被告より借受けたが、これを順次纏めて(イ)昭和二〇年一一月二九日附金五〇、〇〇〇円の借受金証書及び(ロ)同年一二月二五日附金二〇、〇〇〇円の借受金証書にそれぞれ記入し」とあるは「数十回に亘つて被告より借受けたが、これを順次纏めて(イ)昭和二十年十一月二十九日附で金額五万円の消費貸借及び(ロ)同年十二月二十五日附で金額二万円の消費貸借に改めた」との趣旨、同判決三枚目表三、四行目に「原告はその後被告より賭金のために借受けた金員を合計して(ハ)金五万円五千円の借用金証書に記入し」とあるは、「原告はその後に被告より賭金のために借受けた金員を合計して(ハ)金額五万五千円の消費貸借に改めた」との趣旨であると釈明し、同判決四枚目(記録第三五八丁)表十行目より同裏一行目までに記載されている「仮りに原、被告間に売買予約がなされたとしても、それは通謀虚偽の意思表示にもとずくものであるから無効である」旨の主張は撤回する、と述べた外、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

<立証省略>

三、理  由

昭和二十一年二月二十八日控訴人がその所有の別紙第一目録記載の土地(以下単に本件土地という)を、その地上の苹果樹とともに被控訴人に売渡す旨の売買予約が成立したとして、長野区裁判所中津出張所(現在長野地方法務局中津出張所)昭和二十一年三月六日受附第五五六号をもつて同土地につき被控訴人のために右売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記のなされていることは、当事者間に争がない。

控訴人は、昭和二十年十二月二十五日以降昭和二十一年二月二十八日までの間に数回に亘り、被控訴人より借受けた金員を纏めて、金額五万五千円の消費賃貸借に改め、これが担保として本件土地に対し抵当権を設定し、その登記申請手続をなすため、被控訴人に控訴人の印顆を托したところ、被控訴人は右印顆を使用して、ほしいままに代金六万円とする本件土地についての売買予約証言並びに売買予約仮登記承諾書等を作成し、前記仮登記手続をなしたものであつて、右売買予約は何等控訴人の関知しないところであるから無効であると主張し、被控訴人は、右売買予約は被控訴人が昭和二十一年二月二十八日当時、控訴人に対し合計金六万一千二百二十五円の貸金、物品代金、立替金等の債権を有したところ、これを金六万円に打切り、該売買予約が将来売買となるときの代金に充当することを約し、適法に成立したものである旨主張するについて按ずるに、成立に争のない甲第三ないし第六号証、乙第五号証、被控訴人の日掛帳の表紙であることに争のない乙第一号証の一、上欄の控訴人の署名及び記載金額部分の成立に争なく、その他の記載部分について原審における被控訴人加藤巽本人の供述(第一回)によりその成立の認められる同第一号証の二、右被控訴人本人の供述によつてその成立の認められる同第一号証の三ないし五、控訴人の印影部分の成立につき争なく、その余の部分につき、原審証人青木兵八の証言によりその成立の認められる乙第二、第三号証、原審証人滝沢重太郎、同青木兵八、同丸野林治の各証言、原審及び当審における被控訴人加藤巽本人(原審は第一、二回)の供述を総合すれば、次のような事実が認められる。すなわち控訴人は被控訴人に対し種々の債務を負担していたが、その内昭和二十年十二月より昭和二十一年二月までの間に負担した借受金、立替金、酒魚等の物品代金合計金五万六千百五十五円の債務を弁済することができないので、同年二月頃右債務額を代金額として本件土地を被控訴人に売渡し、被控訴人は右債権をもつてその代金の弁済に充当することを約した。ところが、その売買による所有権移転登記をなすに当り、右土地の一部に訴外滝沢都志子のために、抵当権設定登記がしてあつたので、被控訴人はその登記を抹消するための債務の立替弁済と、その他にも存した控訴人の債務を立替支払をなし、その結果、控訴人の被控訴人に対する債務は合計して金六万円を超過することとなつたが、控訴人、被控訴人は合意の上、すべてを金六万円に打切り、これを本件土地の売買代金額とすることを約した。しかるに、本件土地が農地であるため、その所有権移転等には地方長官の認可を要し、当事者間の契約のみでは売買による所有権移転登記手続ができなかつた(昭和二十年法律第六四号による改正農地調整法第五条、農地調整法施行令第二条第一項)ので、双方合意の上、昭和二十一年二月二十八日附で本件土地につき、売買予約をなし、被控訴人の有する前記債権額六万円を右予約が売買となつたときの代金に充当することを約し、ついで前記のように被控訴人のため所有権移転請求権保全の仮登記手続をなしたことが認められる。右認定に牴触する原審及び当審証人成田ちか子(原審は第一、二回)、原審及び当審における控訴人丸野菊男本人の供述(原審は第一、二回)は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠がない。したがつて右売買予約は控訴人の関知しない無効のものであるということはできないから、控訴人の右主張は理由がない。

次に控訴人は、右売買予約が被控訴人に対する金六万円の債務の弁済のためになされたものとしても、控訴人は右金員を被控訴人より博奕の賭金に供する目的で借受けたものであるから、その貸借は公序良俗に反する事項を目的とする法律行為であつて無効であり、被控訴人は不法原因のための給付として控訴人に対しこれが返還を請求しえない筋合であるから、右債務の弁済のためになされた該売買予約は無効である旨主張するにつき按ずるに、右売買予約における売買代金に充当せられるべき金六万円の内金五万六千百五十五円は被控訴人の控訴人に対する貸金、立替金、物品代金等の債権であること、前記認定のとおりであるが、前掲乙第一号証の一、二、原審証人新井清、同西沢孝の各証言、前掲控訴人丸野菊男本人の供述を総合すれば、前記金五万六千百五十五円の債権の内昭和二十年十二月中の貸金債権合計三万八千円については、被控訴人が控訴人において博奕の賭金に供することを知りながら、これを貸与したものであることを疑うに足りる。はたして博奕の賭金のための消費貸借であるとすれば、それは公序良俗に反する事項を目的とする契約に外ならないから、該契約は無効であること勿論であつて、被控訴人はその貸与した金員は不法原因にもとずく給付として民法第七百八条により控訴人からこれが返還を請求し得ない筋合である。しかし元来民法第七百八条が不法原因のため給付した者にその給付したものの返還を請求することを得ないとしたのは、かかる給付者の返還請求に法律上の保護を与えないというだけであつて、受領者をしてその給付を受けたものを保留せしめる趣旨ではないのであるから、受領者においてその給付を受けたものを給付者に任意返還し、もしくは当事者においてこれが返還を約することは、同条の禁ずるところではなく、また民法第九十条にも反するものではない。したがつて、控訴人の被控訴人に対する前記金六万円の債務中に博奕の賭金のための債務が包含されているとしても、控訴人が本件土地を被控訴人に売渡し、被控訴人が右金六万円の債権をもつてその代金の弁済に充てることを内容とする売買予約をすることは何ら違法ではないから、控訴人の右主張も理由がない。

さすれば被控訴人に対し本件売買予約の無効なることの確認を求め、且つ右売買予約にもとずいてなした前記所有権移転請求権保全の仮登記の抹消を求める控訴人の請求は失当たるを免れない。

次に控訴人は、本件調停における和解契約は、代理権限のない訴外成田ちか子が、控訴人の代理として締結したものであるから、無効である旨主張するについて按ずるに、訴外成田ちか子が昭和二十五年一月二十日の本件調停期日に控訴人の代理人として長野地方裁判所に出頭したこと、同期日に別紙第二目録記載の条項による調停が成立したことは、いずれも当事者間に争がない。前掲証人成田ちか子、同控訴人丸野菊男は夫々控訴人は訴外成田ちか子に対し、右調停期日において控訴人の代理人として控訴人より被控訴人に最高金七万円を提供して本件土地を自己に保有することの範囲内において和解をすることの代理権を与えたものであつて、右調停条項のような和解をする権限を与えたことはない旨供述しているけれども、右各供述は後記援用の各証拠に照して、たやすく信用しがたく、他に訴外成田ちか子に控訴人主張のような控訴人を代理する権限のなかつたことを肯認するに足りる証拠はない。反つて成立に争のない甲第一、第二号証、第八号証、乙第四号証の一、原審証人川合久午、同成田保、同中村礼三、同北村準之助、前掲証人成田ちか子(前記措信しない部分を除く)の各証言、前掲控訴人丸野菊男(原審第一回の一部)、被控訴人加藤巽の各本人の供述を綜合すれば、昭和二十四年十二月二十四日の本件調停の第一回期日には控訴人が出頭し、本件土地は成田ちか子が耕作しているのであるから、同女の承諾さえあればこれを被控訴人に譲渡するも異議がない旨述べたこと、昭和二十五年一月二十日の第二回期日には、控訴人は病気のため出頭せず、訴外成田ちか子(以前控訴人の妻であつたが、昭和二十三年二月二十三日協議上の離婚をなし、その後も控訴人と同一家屋に起居し農業を営んでいる)を控訴人の代りに出頭せしめるに当り、委任状が要るからとて控訴人の実印を同人に交付したこと及び控訴人は訴外成田ちか子と離婚した際に、本件土地を含む不動産一切を同訴外人に譲渡したこととして、これに関する仕事は同訴外人に委せ自分は家の仕事は全然なさず飲酒に耽つていたことが認められ、これ等の事実によつて考えれば、控訴人が、訴外成田ちか子にその実印を交付して本件調停に出頭せしめたことは、とりも直さず控訴人が右訴外人に対し被控訴人との間の本件係争事件についての全般的代理権を与えたものと解するのが相当である。また、当時の小作調停法第十六条第一項には、調停事件の当事者は特別の事情のある場合には裁判所の許可を受けて代理人をして出頭せしめることができる旨の規定があり、また右小作調停法にはその性質上非訟事件手続法が準用せられるものと解せらるるところ、その非訟事件手続法第七条によつて準用せられる民事訴訟法第八十条第一項によれば、調停における代理人の権限も書面をもつて証することを要することが明らかであるが、控訴人の各印影部分の成立につき争がないから全部真正に成立したものと認める乙第四号証の二(代理人許可申請書、但し末尾の裁判所の許可部分は方式及び趣旨により裁判官が職務上作成したものと認めるから真正なる公文書と推定する)及び三(委任状)によれば、控訴人は本件調停において訴外成田ちか子をその代理人として出頭せしめるにつき、長野地方裁判所に代理人許可申請書及び委任状を提出して、その代理人許可を得たことが認められるから、訴外成田ちか子が形式的にも控訴人の代理権限を有することについて間然するところがない。もつとも控訴人は右代理許可申請書及び委任状は、本件調停条項が出来上つた後に、訴外成田ちか子が控訴人より預つて来た控訴人の印顆を押捺した白紙を裁判所に提出したところ、それによつて作成せられたものであつて、控訴人は勿論、代理人となつている同訴外人も全く右各書面の記載内容を知らないのであるから、右訴外成田ちか子には、右調停について控訴人を代理する権限がないと主張し、前掲証人成田ちか子(原審第二回)は右調停の際に女の人が白紙をよこして後で作るからというので、これに自分で控訴人の印顆を押捺したように思うが、乙第四号証の三(委任状)に印紙を貼つたことはない。印紙が貼つてあつたかどうか、それに消印をしたかどうか記憶がない旨供述しているのであるが、右乙第四号証の三には二円の収入印紙が貼付されてあり、これに控訴人の印顆による消印のあることが認められ、前掲甲第二号証(調停調書によれば右証人成田ちか子のいう女の人とは右調停の立会書記官裁判所書記官補早崎のぶ子と推されるが、同書記官補が自から白紙に印紙を貼り、当事者に押印を求めることは、ほとんど有り得べからぬことと思われるのみならず、仮りにこのような事実があつたとしても、訴外成田ちか子は前述のように本件調停について全般的に控訴人を代理する権限を与えられているものであつて、しかも代理委任状の必要な場合のために控訴人からその印顆を預かつていたのであるから、調停成立に当つて立会書記官から代理人許可申請書及び代理委任状を徴され、白紙二枚に控訴人の印顆を押捺した上、立会書記官に必要事項の記入方を依頼し、同書記官において右乙第四号証の二、三の代理人許可申請書及び委任状を作成してやり、裁判所に提出し、裁判所から訴外成田ちか子を控訴人の代理人として本件調停に出頭せしめることの許可のあつたことが窺われるから、ここに代理権限を証する書面を提出しないことによる、訴外成田ちか子の調停法上の代理権の欠缺は、控訴人によつて追認されたことに帰着する。

さすれば訴外成田ちか子は本件調停について実質上も形式上も控訴人の代理権限があつたものというべきであるから、控訴人の右主張も採用することができない。

さらに控訴人は、本件調停における和解契約は控訴人と被控訴人間における奕博の賭金のための消費貸借にもとずくものであつて、民法第九十条による無効な契約を対象とするものであるから無効である旨主張するけれども、前に説示したように不法原因のための給付であつても受領者がその給付を受けたものを給付者に任意返還し、もしくはこれが返還を約することは法の禁ずるところではないから、控訴人と被控訴人間の昭和二十一年二月二十八日附売買予約代金六万円その他を対象としてなした本件調停における和解契約も、無効とはいいがたく、控訴人の右主張も採用のかぎりでない。

さすれば本件調停条項による和解契約は無効であるということができないから、右和解契約の無効であることの確認を求める控訴人の請求も失当であるといわなければならない。

以上の理由によつて控訴人の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却すべきであり、原判決は右と同趣旨に出で相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条第一項に則りこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)

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